フィギュアスケートのグランプリ(GP)シリーズ第6戦のNHK杯最終日は4日、大阪なみはやドームで行われ、男子は第2戦スケートカナダ3位で前日のショートプログラム(SP)2位の織田信成(関大)がフリーも2位ながら、216.39点をマークし、逆転でGP初優勝した。
昨季世界選手権3位でSP3位のエバン・ライザチェク(米国)がフリー1位となり213.55点で2位。第1戦スケートアメリカ優勝でSP首位の高橋大輔(関大)はジャンプのミスが響いて205.30点で3位。SP5位の本田武史(IMG)は9位に終わった。
日本男子のNHK杯制覇は五十嵐文男、本田武史(IMG)に続き、3人目。前日は女子で20歳の中野友加里(早大)が優勝しており、日本勢が男女アベックでGP優勝する史上初の快挙となった。
織田は戦国の武将、織田信長の末裔。ことし3月の世界ジュニア選手権で優勝し、今季シニアデビューしたばかり。
日本スケート連盟が定めたトリノ五輪代表の選考ポイントで1枠の男子は高橋が1639点で首位、織田が1601点で2位と一騎打ちの状況。953点の本田はGPファイナル進出を逃し、厳しくなってきた。
▼織田の話 この結果にすごく驚いている。トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)は転倒したが、後は動揺せずにまとめられたのが良かった。重圧はまったくなかった。
▼高橋の話 緊張して体が硬かった。表彰台に立てたのは結果として良かったけど、持ち味のステップなどでいい演技ができなかった。悔しさの残ったフリーだった。
スケートのことは全然わからんが、転倒してジャンプ増やして逆転優勝って初めて見た。
と思ったらこれは新採点方法だからできた逆転劇らしい。ふーん。
戦国武将好きにとっては正直どうでもいいぜ。
信長の子孫ってだけで充分。
座頭市じゃなくて敦盛踊って欲しい。
人間五十年〜下天のうちを比ぶれば〜夢まぼろしの如くなり〜
ちなみにこの織田君の家系は直系ではありません。
織田 信高(おだ のぶたか、天正4年(1576年) − 慶長7年12月12日(1603年1月23日))は、織田信長の七男。
母は高畑源十郎の娘・お鍋の方(興雲院)。妻は佐々成政の娘・光秀院。子に織田高重。官位は従五位下、左衛門佐。
幼名は小洞。通称は藤十郎。1582年に父・信長が死去したときはまだ幼年であったため、氏家行広に預けられて養育を受けた。
その後、豊臣秀吉の家臣となり、1591年には近江国内で1060石の所領を与えられ、羽柴姓を名乗ることも許された。
1595年に1000石加増。1600年の関ヶ原の戦いでは東軍に与し、戦後に徳川家康から安房国内に1000石を新たに与えられた
(西軍に属し、所領を没収されたとも)。1602年、死去。死後、信高の子孫は近江・安房に2000石を与えられ、高家として続いた。
2005年3月に行われたフィギュアスケート世界ジュニア選手権で優勝した織田信成は、信高の子孫で、
信長から数えて十七代目となり、2006年のトリノ冬季オリンピック期待の星として注目されている。
それでも信長に似てるよなあ。期待を裏切らないのはさすが織田。

眉毛がいいね、眉毛の形が。
あの泣き顔はちょっと引くけど、
信長もあんな顔して泣いてたのかなあと想像すると
なかなか赴き深いものがある。
演技の最中にも勇ましい顔すると信長を彷彿とさせてくれる。
でもこの織田君、お母さんにそっくり。
お母さんが織田家の血筋じゃなかったらこのそっくりな顔を
どう説明すればいいんだろうか。
まあ織田君、これからも信長ファンを楽しませてください。

